ram’s blog

本と映画と絵画をこよなく愛する日々の記録

読書「漱石」母に愛されなかった子

語り口に、一気に引き込まれてしまった。

漱石―母に愛されなかった子 (岩波新書)

 

母が病気で死ぬ二三日前台所で宙返りをしてへっついの角で肋骨を撲って大に痛かった。母が大層怒って、御前の様なものの顔は見たくないと云うから、親類へ泊りに行っていた。するととうとう死んだと云う報知が来た。そう早く死ぬとは思わなかった。そんな大病なら、もう少し大人しくすればよかったと思って帰って来た。

 

 有名な『坊っちゃん』の一節。筆者によると、これは漱石の実体験らしい。この行動の裏に、愛してくれないのなら「じゃあ、消えてやるよ」という論理がある、と筆者は見抜く。

 

現実に漱石の母が漱石を愛していたかいなかったかということではない。漱石は、自分は母に愛されていなかったのではないかという疑いを、ほとんど終生、払拭し切れなかったということです。

「じゃあ、消えてやるよ」と言ってしまう自分とはいったい何であるのか、と夢中であの作品群を書き継いでいったことを考えると、痛ましくも淋しくもあり、涙ぐましいともいいたくなる漱石像が浮かび上がってくる。

『道草』までたどり着いた漱石が、赤子に接吻する母の姿を結末に据えたとき、まさに、小説を書くという営みによって、漱石は自分自身を救い出したのだ、と言いたくなる。

けれども、その後に続いた『明暗』の世界はさらに暗く奥深いようだ。